2.二年間販売しても売れなかった。

 一戸建中古住宅の販売を依頼されて約2年間、継続して売りに出した結果、売却できなかった。説得力のなさ、決断力のなさが失敗と損失へとつながる典型例。

 兵庫県K市、道路が狭くて敷地の前に車が進入できない立地状況。土地面積は20坪あり、間口3軒奥行き7間弱で二世帯用住宅を建替えるためには適当な土地。建物は建築後30年になる古い3DK、南向きの家。 静かな環境ではあるが、坂の多い段差が激しい土地環境。

 老夫婦二人住まい。一人息子が大阪在住で子供さん二人と4人家族。老夫婦の希望は二世帯住宅を建て、6人で同居することであったが、息子夫婦の意見と合わず思いを断念された。階段の乗降が困難になってきたのと同居生活をあきらめたことで、平面生活ができるマンションを購入することにした。

 一駅西に行ったところにマンションができることを聞きつけてモデルハウスを見に行く。価格、生活の利便性、環境などが気に入って購入することにした。 マンションの建築はまだ始まっていなくて、今から1年半後完成する予定。いまから自宅を売りに出して資金を回収し、マンション完成時の代金支払いに充当することを計画。

 専任媒介契約をして販売することになり、1,280万円が最初の販売価格として約束する。 私の査定では1,000~1,100万円の査定だったが、老夫婦のたっての希望でそのようにする。当時の周辺事例では4メートル道路に面している土地の相場は、坪当たり45万円前後の動きだったが、老夫婦のバブル時代のなごりを忘れられない意見をとりいれた結果、1,280万円で売り出すことにした。

 販売を始めて約3ヶ月。10件の下見案内があったが購入の意思を表明する人はいなかった。お客さんも勉強していて、相場より高目か安目かは周辺の売り出し物件との比較で分かるもの、皆さん高く感じた様子。高いと感じても気に入ったなら安くなるよう値段の交渉をしてくるもの。しかし、一人として指値する人はいなかった。

 お客さんは20代から40代の若い層で、内装や設備の古い仕様に戸惑いを感じているようにうかがえた。また、急な階段も嫌がっている様子だった。しかし、老夫婦にとっては使い勝手が慣れていて、その上、小奇麗に整理、使用して愛着も強く、双方の思惑評価が合わないようだった。

 媒介契約をして3ヶ月を過ぎようとしてしたので更新することにした。あわせて販売価格を1,100万円にすることも合意した。媒介つまり不動産仲介の仕事をうけるときは、期間設定を最高で3ヶ月となっているところから、期限の前には延長のための更新手続きをする必要がある。更新の期間も最高で3ヶ月となっている。

 当初より同業他社にもお客さんの紹介を依頼しながら販売活動を実施する。最初は物珍しさがあって下見客は多めに来場するが、物件の広告が出回り、多くの人に周知されてくると、少なくなってくる。

 更新後の反響は、その後の3ヶ月で4回あっただけであり、下見案内のために高槻から車で通うのが少なくなっていた。1,100万円に価格を変更したが、今度もお客さんを見つけることが出来ずに終わり、販売を始めて半年が過ぎようとしていた。

 会社の経営として考えると案内のつど、車で現地に行き下見客を案内する。売主さんから販売を依頼されているので当然のことではあるが、一回現地に行って、下見案内に立ち会ったり折衝したりすれば一日仕事になる。高速道路の使用料金、ガソリン代、人件費を足せば一回行くことで約2万円掛かる。この仕事を始めて以来、6ヶ月、単純に計算して17回×2万円=34万円の費用が掛かったことになる。疲れる仕事になりそうと、このまま継続するか、それともやめるかと逡巡してくる。

 媒介契約の期限前、老夫婦との面談で続投の強い要請があった。3度目の値段設定になるが970万円で売り出すことにした。

 例によって、販売ラインに乗せる。すると、今回はすぐに地元の業者より引き合いがある、なんと、650万円の買い付けの申込みであった。新築希望のお客さんを持っていて、しばらく値段の下がるのを待っていた様子、商売の採算にのる価格になってきたとの思惑で交渉にきた。

 売り出して初めての指値交渉。内心、嬉しくもあり、悲しくもある。売主さんにこの話を持ち込んで万一、了解したとして、当方の収入を考える。仲介手数料は契約金額の3%プラス6万円、650×0.03+6万円=25万5千円。

 今までに掛かった経費より少ない収入となる。交渉が成立すれば買取りの業者からも仲介手数料を請求して、もらうことを条件に話をまとめ、売り手買い手両方からの手数料、いわゆる両手の収入を上げることができる。どのように進めるか、思案のしどころ。

 売主の老夫婦との交渉。結論の必要な時期まで1年もあること、下げ幅が多すぎることなどにより買い付けの申し込みは拒否することになり、この旨を買取りの業者に伝え、話し合いを終えることになった。しかし、この時点での説得が重要で縁のわかれめだったと。そして、老夫婦の売主さんも決断すべきだったと1年後に回想していた。

 それからは、月に1回ペース、多くて2回の下見案内をこなすが一向に決まらず半年が過ぎる。専任媒介契約をして約1年になり新築マンションの完成まで半年となり、老夫婦に苦労顔が多くなってきた。1ヶ月経過ごとに50万円下げて売りにかけることで、話がまとまったので予定通り値下げしながらの販売を実行する。それでも購入希望者が現われることはなかった。

 マンションが完成し、引越することになる。マンションの購入代金は老夫婦のヘソクリを急きょ用意して支払うことで一段落ついたが、既に自宅の販売価格は750万円となり、いまだに購入希望者は現われなかった。

 媒介契約は更新することなく、引っ越して約1ヶ月何もせずにいたところに電話があり、あと少し、とのことで依頼を受ける。ただし、価格は据え置きの750万円での売り出し。しかし、現実に月単位で相場が下落していたのでこの時点でも売主を説得して売れ頃の値段設定をするべきだったと悔やまれる。

 周辺地域の相場は4メートル道路に面して坪当たり35万円~40万円になっていた。車が入ってくることができないことによるマイナス修正、家の無価値さによるマイナス修正をすれば坪単価が30万円以下に査定することができた。しかし、ここでも売主の要望をうけ入れてしまい、最終価格を600万円とみて、値下げ交渉巾の余裕をもって750万円で売り出すことにした。

 5度目となる販売活動に入る。同時に、オープンハウスを実施して販売を進め、知人の業者にも頼んで、オープンハウスをしてもらった。結果は合計7人が誘導されて下見をしたが気に入ったお客さんにめぐり合うことはなかった。 その後、チラシを配布して歩いたり、同業者に購入者を探すように依頼して回ったりしたが、良縁につながることはなかった。

 結局、仲介活動を終了することにした。更新の話し合いを持つことなく、媒介契約の期限が過ぎて自動的に終了することになった。

 現地訪問回数は30回、チラシの広告代、オープンハウスでの経費、旅費交通費といろいろ計算すると80万円以上の経費がかかり、大赤字で終了した。 なにしろ成功報酬での取り決めなので売買契約をして、無事に取引が終了することが条件になっている。

 時間と動力を使い、仕事をする。誰かのため、何かのためにする。神経を使って努力するが、不調に終わったときは、惨めな結果となる。このようなことがたびたびあると、家族や従業員を路頭に迷わすことになる。なんとも情けない仕事であった。

 収入がある人と、仕事をして損失が増える人の違い。成功報酬で仕事をする人はそうでない人の何倍もの動力と苦労が必要だと、つくづくと感じる。