1.離婚清算のための売却。

 過日、私の仲介で住宅を購入してもらった方から紹介をうけ、一戸建の中古住宅を販売したときのこと。

 その物件の持ち主は、紹介者の息子さん家族で5人が居住していたところ、自宅を売却することを検討中と聞き及び訪問することになった。 

中学生、高校生、就職予定者の3人をもつご夫婦と初めての面談。自分も緊張するがご夫婦は数倍も緊張しているのを感じながら、聞き取り調査を始める。

 所有権のことや借り入れのこと、借金の残りや今後のことなど、売り買いの全体的なことや売却後の思惑を聞きながら売るための本旨をたずねる。離婚するためという。何故、離婚するとは聞かずに話を進める。

大事なことはその意思が何らの抑圧のない、自由意志からの表明で販売する気もちをハッキリ持っていることの確認作業が重要なことになる。

 もしも販売を始めてお客さんがみつかるとしたら、売買契約を結ぶことになり、最終決済まで今の売ってもよいという意思が持続しているか、あるいは、無事に決済ができるかどうかが気になるところ、時にふれての意思確認が大切なことがら。

今の心理状態が2.3ヵ月後も変わらずに存在しているかが大きなポイントになり、売却が半年から1年以上かかるときもあることで不安も大きくなる。登記簿上の権利に関しては共同の名義になっているので、夫婦の一人に販売の意思が無くなれば決済するための書類が作成できず、買主のための所有権の移転登記が不可能となり、結局、売却することができなくなる。
 
気持ちの変化は絶えず起こるもので決済時までに意思が変化したり、逡巡して決断が付けられなくなっている場合もあり、そのときは説得の必要がでてくる。しかも多くの時間と忍耐を伴うことになる。

 販売計画が手順良く進んだときのために、決済できる状態での2人の取り分を聞き取ると、若干の思惑の違いを感じたが、それについては次回の課題として、販売価格、ローンの残債や次の住み家についてのことを話し合う。結果、専任媒介契約を締結してご夫婦と別れる。

 数日後、本人達からの聞き取り調査を裏付けるため市役所と法務局を回り、最後に物件周辺を歩いて環境調査と五感調査を済まして3回目の対面に望む。
 
ご主人より奥さんが多くの緊張をしていると感じた。ご主人の親御さんから紹介されたこともあって、奥さんは約束通りの取り分が確実に受領できるか、不安定な心理状態な様子に見え、それに、配分の割合をなんとなくきめていることもあって、その場の緊張感が増幅されたように感じられた。

 話の本筋以外はほとんど妥結したが肝心のことは避けていて、なかなか結論がつかない、やむなく、私が提案することになる。「取り分を五分五分」・・・。 命の次に大事なお金の事で数ヶ月の間、陰気で、冷たい人間関係になっている夫婦関係。信頼感がなく、譲り合うことの出来ない心境と孤独感から少し解放されたようにご夫婦ともに了解することになった。

書面にすることなく五分五分で清算することを口頭で発言させてもらい販売を開始することを約束すると奥さんは明るい雰囲気になり、売却を望む期待感で目が輝いたように見えた。

 販売の行動を始めて約50日。下見案内が8件有り、その内の1件と契約する見込みがついた。購入希望者には仲介業者がついているのでその業者を通して交渉した結果、買方と売方双方が納得され契約する意思を確認し、契約書の作成日を決めることができた。

 具体的な利害関係での話し合いはくどいほどの念押しが必要で離婚清算のケースではいっそうの意思確認が重要になってくる。 契約日の前夜。契約に臨むための心構えや意見調整をして3人がそれぞれ確認することにした。しかも、契約後に売主側の都合により移転登記ができないときや予定した決済日より遅延した場合には契約を解除されることがあり、損害賠償を請求されることがあるなどを説明して互いに納得してもらう。

 契約も無事に済ませ一ヵ月後の決済日。あらかじめの計算どおり、諸費用を支払って売買での清算は終わり、最終的に残った金銭が夫婦と私の目前に置かれた。領収書は夫婦が連名でサインしていたので、その一枚を買主に手渡し、前にある現金を私が半分に分けて夫婦それぞれに手渡す。一同が見ている前でのこと。2度、数えてから二人に渡したので夫婦は数えることをせず、しかも、安堵した様子でお金を受け取ってくれた。

 不動産の取引には、権利の範囲確定と移動、瑕疵担保責任のあるなし、引渡し、そのほか重要な事柄が数多くある。なかでも現金の授受とその確認が最も重要なことになる。取引の安全性の中心をしめる事柄といえる。 不動産の仲介営業での誠実さが厳しく求められるものと、つくづく感じる一件だった。